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西川口歯科クリニック

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院長コラム

縄文時代の抜歯  20.03.23

こんにちは。
今日のスタッフブログを担当する Dr.O です。

縄文時代の抜歯

以前、青森市にある縄文時代の遺跡で三内丸山遺跡(紀元前5000~2000年頃の縄文前期~中期の遺跡)を見学したことがありました。
ここ三内丸山では、当時主食になっていた栗の栽培も行なわれており、壮大な景色でした。
昔に比べ現在人の食事は柔らかく調理された食事により、虫歯になり易い環境となり歯科治療を必要とする方が多くいらっしゃいます。
昔は時代のような歯医者が行うような治療は望めませんから、乱暴なようですが抜歯しかありませんでした。
さらに、虫歯でもない歯を抜歯する「抜歯の儀式」が当時あり、縄文時代の後期・晩期その例が多くなります。
この頃から気候変動で寒冷化が進みはじめ、人口増加とともに、食糧調達が難しくなってくると、集団のまとまりが必要になってきたと思われます。そして、集団との関わりとして、「成人」「婚姻」「指導者」「服喪」「出自」等の証として抜歯の儀式が行われました。
抜歯は上顎の2本の犬歯の抜歯ですが、多い例として前歯全部と小臼歯2本の計14本抜歯の記録があるそうです。「うわ!」ですね。
さらに、安土・桃山時代の文献には歯を抜くには「小槌を用いる」とあり、棒を歯にあてて木槌で叩いて動揺させて抜くと想像されます。
おそらく縄文時代も同様な方法で抜歯が行われたと思います。
現代のような抜歯の道具や麻酔などのない縄文時代の抜歯はさぞ大変だったろうと思います。
現代の歯科診療は進歩しています。安心して下さい。

 

西川口歯科クリニックスタッフより

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